<< April 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>

スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

スポンサードリンク * - * * - * -

蝉時雨のやむ頃

海街diary 1 蝉時雨のやむ頃
海街diary 1 蝉時雨のやむ頃
吉田秋生  小学館   

 あつい。アツイ。それにしても暑いですね。
 昨夜はその暑さのせいか、真夜中を過ぎてなお蝉時雨。それを聞いて、たしか五月頃に出てすぐに購入したはずの「蝉時雨のやむ頃」はどこにいってしまったのやらと大捜索を始めました。
 やっと見つけ出した頃にはもはや朝が近づいていましたが、どうせすぐには寝付けそうもないからと自分に言い訳をして一気に読みました。
 これ、いいです。「カリフォルニア物語」の頃からの吉田秋生ファンで、「BANABA FISH」や「YASHA」も「吉祥天女」もみんな好きだけど、帯に書かれているとおり新境地と呼ぶにふさわしい作品です。
 鎌倉が舞台なのがまたそそられます。ぼくは小田急線の沿線に育って、いまは京王線の沿線で暮らしています。この二つの路線、都心近くでは平行して走っていて似たような印象を持っている方も多いと思いますが、じつは決定的な違いがあるのです。その違いとは小田急線が海に通じていること。そのことから来る開放感を感じていたのはぼくだけでしょうか。
 高校生の頃も、社会人になってからも、朝の満員電車に背を向けて藤沢や片瀬江ノ島まで行き、そこからこの本の巻末にある「海街diary周辺マップ」に出てくる場所を江ノ電に乗ってぶらりと散策するのが、ぼくの日常に対するささやかな抵抗でした(笑)。
 仕事帰りの新宿駅ホームで、「海側のドアが開きます」というアナウンスを聞くのは、ぼくの誇りでもあったわけです。だから京王線沿線を利用するようになって、京王線でも同じように「海側」という表現を用いることに気づいたときは、それはないだろうって正直思いましたよ。

 そんなぼくの湘南への憧れとは関係なく、この作品は傑作です。これを読んで、「カリフォルニア物語」を読み返したくなりました。
 それは、人生にとってとても大切なことを思い起こしたいからでしょう。切なさを湛えた人間だけがほんとうの優しさを身に纏うことができること。しかし、その優しさがまた新たな切なさを生んでしまうこと。


海 五郎 * 漫画 * 23:55 * comments(4) * trackbacks(0)

ヒメママ

ヒメママ1
ヒメママ1
玖保キリコ/作  マガジンハウス   

 ぼくが「シニカル・ヒステリー・アワー」のツネコちゃん好きなことは以前に書きました。その作者である玖保キリコさんからまたまた愛すべきキャラが誕生です。

 「ヒメママ」とは、毎日いろんな騒ぎを起こして家族を焦らせる
 「お姫様みたいな性格のお義母さん」のこと。
 困らされると憎たらしいけど、かわいいところもあるヒメ。
 息子の妻・ハナと火花を散らす、ヨメ対シュウトメの戦い、
 とっても笑えちゃいます。


 このヒメママは超ワガママでとっても迷惑な存在だけど、どこかかわいくて憎めないところなんかツネコちゃんとそっくりです。自分が掟だと思っているし、気分は乙女だし、孫に「おばあちゃん」と呼ばせずに、「リサちゃん」なんて呼ばせるし。ヨメのことを歳の離れた兄か姉の娘という設定で、姪だなんて紹介する始末。
 そして、優しく接しながらも秘かに逆襲するヨメが、これまた「シニカル」のキリコちゃんのようでいい味を出しています。
 いやはや、玖保さんのシニカル・パワーが炸裂する大傑作です。マンガを読んでこんなに気分がいいのは久しぶり。

※文中の太字部分は「ヒメママ」より引用

海 五郎 * 漫画 * 01:57 * comments(4) * trackbacks(0)

グーグーだって猫である

グーグーだって猫である
グーグーだって猫である
大島弓子/作  角川書店   

 作家や漫画家に愛猫家は多く、書店にはあまたの「猫本」、「猫マンガ」が並んでいます。でも、ぼくにとってはこの「グーグーだって猫である」は特別な本です。

 十代の多感な時期(ぼくにだってそんな時期があったのです)に影響を受けた作家やミュージシャンは数多くいますが、ぼくはそういった名前を挙げるときに必ず大島弓子さんの名前を加えていました。二十代の頃には友人と発行していた同人誌に「大島弓子論」も書きましたし、あるタウン誌に連載していたマンガ評でも取り上げました。
 いまでも大島弓子さんのマンガにおける功績は手塚治虫のそれに匹敵すると考えていますし、それ以上に現代の少女精神史を語る上で欠かせない存在だとも思います。そのへんのことは機会をあらためてここでも書くことにしましょう。

 「綿の国星」という作品のモデルにもなったサバという猫と死別した大島さんは、ある日ペットショップで小さくて元気のないアメショーの仔猫を衝動買いします。それがグーグー。そして、公園で拾ってきたのがビー。
 この本は、そんな猫たちとの生活を淡々と描いたマンガ・エッセイです。そこにはかけがえのない存在だったサバを失った悲しみと自身の闘病生活を、新しい猫たちと暮らすことで癒していく大島さんの姿があります。
 かつて少女の揺れる心を痛いほどの感性で描いた大島さんが、年齢を重ねた自身の姿を赤裸々に描き出しているのです。「綿の国星」を描いたことで大島さんがひとまず漫画家としての使命を終えたと思っていたぼくには、この本の登場はとてもショッキングな出来事でした。大島さんは感性の棘を失っていなかったのです。
 本作品は大島さんのファンの間でも賛否両論かもしれません。もちろんこれはマンガ・エッセイであり、他のマンガ作品とは一線を画すものです。まだ大島さんの作品を読んだことのない方はぜひ他の作品、とりわけ「綿の国星」に至る中期の作品群もお読みください。
 この本を読んで、生涯初めて猫と暮らし始めたぼくの生活も、もうすぐ三年になります。


海 五郎 * 漫画 * 18:40 * comments(6) * trackbacks(1)

20世紀少年

20世紀少年 20巻
20世紀少年 20巻
浦沢直樹  小学館  

 こんなに長編連載漫画に夢中になったのは、「ドラゴン・ボール」以来でしょうか。創刊号からずっと購読していた雑誌「スピリッツ」も読まない作品が半数以上になってしまって、3年ほど前に買わなくなったのですが、この「20世紀少年」は単行本で読み続けています。
 ぼくは大阪万博のとき高校生になっていたので、この作品の主人公ケンヂたちより少し年上です。でも、空き地の秘密基地に友だちと集まって、「よげんの書」なんていう他愛のないものや、わけのわからないシンボル・マークをつくったり、ほとんど同じようなことをしてました。

 万博のときに小学生だったケンヂたちは、20世紀の終わり近くに身の回り起こる奇妙な事件が、かつての「よげんの書」どおりであることに愕然とします。事件の背後には「ともだち」と呼ばれるカリスマの存在があって、やがて20世紀最後のおおみそかに「ともだち」は自作自演の人類救出劇を遂行し、世界的英雄になってしまうのです。
 ケンヂたちの小学生の頃の記憶と複雑に絡み合って、物語はかなりややこしい形で進んでいきます。自分たちの「よげんの書」が元になって進む事件に立ち向かうケンヂたち、ケンヂの姉キリコ、キリコと「ともだち」の娘であるカンナ、これって複雑すぎて小説だったらとても覚えきれないでしょうね。
 「ともだち」は正体がわかりかけたところで殺されてしまうし、そうかと思ったら奇跡の復活を遂げるし、ケンヂも死んだと思っていたら生きているし、謎は深まるばかりです。
 未だ連載中で、そろそろ終わりが見えてきた感もあるのですが、それでも肝心のところがまだ把握できないでいます。読者としては、納得のいく結末を待ち望んでやみません。

 最新刊の20巻では、いよいよカンナが父親である「ともだち」(殺されて別人にすり替わっているらしい)と対面します。そのカンナの台詞を最後に紹介しておきましょう。

 何が偉大な力よ……
 スプーン曲げて何になるの……
 歌を作って…………
 心の底から歌って……
 人に涙させることのほうが、
 よっぽど すごい力よ!!


※文中の太字部分は「20世紀少年 20巻」より引用
海 五郎 * 漫画 * 02:23 * comments(2) * trackbacks(1)

夕凪の街 桜の国

夕凪の街桜の国
夕凪の街桜の国
こうの史代  双葉社  

 「夕凪の街」は昭和30年の広島が舞台で、10年前に被爆した若い女性皆実の揺れ動く心とその死を描いています。「桜の国(一)」と「桜の国(二)」は東京で生活する被爆者の娘七波が主人公で、前者は昭和60年代、後者は現代の話です。注意深く読まないと見落としてしまいそうですが、七波の父は皆実の弟(疎開していたため被爆はしていない)であり、この二つの物語はその底辺で繋がっているのです。
 1年前に単行本化されたこの本は大きな話題を呼び、すでに16万部が発行されるベスト・セラーとなりました。

 10月14日の朝日新聞夕刊にこの本が韓国で出版されるという記事が掲載されていました。出版にあたってはさまざまな意見もあったようです。「加害者である日本人が原爆被害を言うこと自体に違和感が強く、出版社は日本人の考えを代弁しているように受け止められることを警戒しているからだ」という研究者の話が紹介されています。
 そして、韓国で出版される同書には「原爆投下は戦争を終わらせるためのやむをえない決定だったが、これはあのとき犠牲になった人々の苦痛と悲しみについての物語である」という前書きがつくそうです。

 ぼくがこの本を最初に読んだのは半年ほど前のことですが、この本にもそして今回の新聞記事にも多くのことを考えさせられしまた。しかもその両方が頭の中のどこかで薄々理解していながら、あえて考えないようにしていたことだと思えます。
 原爆の直接的な惨禍については、日本人であれば何度となく資料映像などを目にし、また「黒い雨」といった記録文学にも接してきました。しかし、時を経て被爆に苦しんだり亡くなったりした人たちのこと、世代を超えてその被害を受け続けている人たちのことは驚くほど目にする機会も少なく、自らも目を向けようとしてきませんでした。わずかに、毎年「原爆の日」の報道のなかで「今年新たに名簿に加えられた人は...」という数字が今も続く被害を伝えていて、それを聞くたびに心を痛めるばかりです。
 また、そのように日本に悲劇をもたらした原爆が、日本の植民地支配に苦しんできたアジアの人たちにとってはそれから解放される希望の光であったという事実。このことも歴史を認識していればどこかでそういう見方があるとということを理解していていいはずのとこですが、個人的にはそのようにストレート考えることができたのは今回の新聞記事に接したときが初めてでした。

 この作品はすでに映画化も決定しているようです。映画になればさらに大きな話題になることでしょう。戦後60年、先の戦争を戦後生まれのぼくらの世代がどう理解し、さらに若い世代、いまの子どもたち、これから生まれてくる子どもたちにどう伝えていくか、そのことが問われると思います。
 ぼくは子どもたちと接する機会に、あまりにもいまの子どもたちが戦争というものを知らないという事実に愕然とするとともに、焦りのようなものを感じずにはいられません。

海 五郎 * 漫画 * 02:08 * comments(11) * trackbacks(1)

チーズスイートホーム

チーズスイートホーム 2
チーズスイートホーム 2
こなみかなた  講談社

 このブログでも何度か書いてしまったように、ぼくは50歳を目前にして生まれて初めてねこと暮らすことになった、超がつくほど奥手のねこ好き人間です。子どもの頃からこれまでの人生の大半を犬と暮らしてきて、自分にしっかりと「犬好き」というレッテルを貼ってきた人間が突然「ねこ好き」になったわけですから、それはもう青天の霹靂。それこそ「目の中に入れても...」っていうぐらいに溺愛しちゃっています。だから、そんなぼくがねこに関連して書いたものは、そのへんのことをご理解いただいて割り引いて読まれるようお願いしとかなければなりません。

 ということで、「チーズスイートホーム」。このマンガ、もう無茶苦茶かわいくて、何度読んでもおもしろいです。
 お散歩中に空飛ぶ小鳥に見とれていて迷子になってしまったねこが、原っぱでヨウヘイ君という小さな男の子とお母さんに拾われます。ところが、その山田さんという一家が暮らすのは、ペット禁止のマンション。あちこち引き取り手を探すのですが見つからず、そのままずるずるとねこは山田家の一員になっていきます。「チー、チー」とトイレを教えていたのが、自分の名前だと思ってねこには「チー」という名前も付きました。
 洗濯物にオシッコしちゃったり、お風呂が大嫌いだったり、買ってきたねこ用のおもちゃには関心示さずにそれが入っていたレジ袋で遊んだり、鉢植えの花を食べちゃったり、イタズラしてたと思ったら疲れて寝ちゃったり...。このマンガにはねこと暮らしたことのある人なら、「そうそうこういうことあるよね」とか「だからねこはかわいいんだよね」といったエピソードが満載です。しかも、チーは「おうち かえう!」とか「なんれしょかー?」といった具合にチー語をしゃべる(マンガの中の人間には通じませんが)ので、チーの気持ちもわかります。
 そして、やはりトイレを覚える年頃のヨウヘイ君、オカーサン、オトーサンとの暮らしは、いつもハラハラドキドキ、わくわくほのぼの、チーはみんなをハッピーにしてくれるのでした。
 動物好きの小学生などにもおすすめの作品です。

【小さな声で内緒話】
ぼくとねことの暮らしを綴った「Life with Kai」というサイトがあります。
ごく内輪向けのものなので、文章などは読み飛ばしてくださいね(笑)。
海 五郎 * 漫画 * 13:38 * comments(21) * trackbacks(5)

追悼 杉浦日向子

百日紅 (上)
百日紅 (上)
杉浦日向子  筑摩書房(ちくま文庫)  

 今日できることは、明日でもできる。どうせ死ぬまで生きる身だ。(中略)
 ソンナニイソイデドコヘユク。− 杉浦日向子「もっとソバ屋で憩う」前書きより

 先月の末まで迂闊にも杉浦日向子さんが亡くなられたことを知らずにいました(7月22日没 享年46歳)。知人からその報せを聞く数日前、たまにはおいしく(おいしいではないところが杉浦日向子さん直伝です)蕎麦を食べたいと思って、「東京・大人のウォーカー」という雑誌で蕎麦の特集を読みながら、杉浦日向子さんの「もっとソバ屋で憩う」という著書を思い出していた矢先のことです。
 またの訃報ということ、この「百日紅」がけっして子ども向けの本ではないこと、自分より若年の死はやはり重いことなどで躊躇したのですが、やはりこの機会に追悼の意味を込めて取り上げておきたいと思います。子どもたちにも高校生ぐらいになったら、本物の仕事というものを知る意味で読んでほしい本です。
 「百日紅」。時は文化11年(1814年)、場所は江戸、主な登場人物は浮世絵師の葛飾北斎、その娘でやはり浮世絵師だったお栄、北斎門下の弟子で居候の池田善次郎の三人。その身の回りに起こる不思議な出来事や怪異談、そして日常の様子を描いた漫画です。動画などの記録が存在しない時代を見事に描き出し、後生に伝えるという意味でも貴重な仕事にほかなりません。そこには江戸の街の微かな匂いから、人々の息づかいまでが丹念に描き込まれています。
 彼女がこういった優れた仕事をなし得たのは、呉服屋に生まれたというような環境もさることながら、文献だけに頼ることなく自分の足で調べ、肌で感じた江戸を素材として使われたことによるものです。
 それにしても、彼女が北斎のちょうど半分しか歳を重ねることができなかったことは、残念でなりません。80歳ぐらいのおばあちゃんになって、江戸を語る杉浦日向子さんを見てみたかったと思います。きっと、江戸時代のおばあちゃんのように粋なおばあちゃんになられたことでしょう。
 心よりご冥福をお祈りいたします。
海 五郎 * 漫画 * 09:36 * comments(6) * trackbacks(3)

シニカル・ヒステリー・アワー

シニカル・ヒステリー・アワー (第1巻)
シニカル・ヒステリー・アワー (第1巻)
玖保キリコ  白泉社文庫

 もしぼくが「コミックス・キャラクター大賞」というようなものを選ぶとすれば、「鉄腕アトム」のアトムでも、「あしたのジョー」の矢吹丈でも、「ドラえもん」のドラえもんでも、「ポーの一族」のエドガーでもなく、文句なく「シニカル・ヒステリー・アワー」のツネコちゃんです。ぼくは優柔不断なうえに移り気だから、最近まわってくるバトンの類にもまともに回答ができたためしがありません。そんなぼくでもこのツネコちゃんに対する思いだけは20年間不動です(笑)。
 わがままで、いじわるで、いいかげんなのに、自分はクラスの人気者だと信じ込んでいる異常な自信家のツネコちゃん。将来はタレントになることを夢見ていますが、自信があるので自分はなんの努力もしません。そんなどこから見てもいい所なしのはずのツネコちゃんが、どこか可愛かったり、優しげであったり、憎めなかったり、作者玖保キリコさんのバランス感覚は抜群です。
 この作品がまだ連載中だった頃に玖保さんとお話をする機会があって、「自分ではどのキャラが好きなのですか?」という質問をしてみたのですが、「どれも自分の分身みたいなもので同じくらい愛着があります」と笑って答えられました。マンガに出てくるキリコちゃんも内心ではツネコちゃんをバカにしつつ、ツネコちゃんに振り回され、それでいて二人は仲良しです。子どもの世界もおとなの世界もいろいろな人がいて、それで人間関係がたいへんなのは一緒なのですが、「シニカル・ヒステリー・アワー」を読んでシニカルに笑えれば、ちょっと人生楽しくなりますよ。小学生からおとなまで楽しめるマンガです。
海 五郎 * 漫画 * 16:59 * comments(2) * trackbacks(0)

追悼 永島慎二

銀河鉄道の夜
銀河鉄道の夜
宮沢賢治/原作  永島慎二/漫画  日本放送出版協会  

 今朝の新聞に漫画家の永島慎二さんが先月の10日に亡くなられていたことが載っていました。享年67歳。
 このブログを初めて1ヶ月足らず。長新太さんに続いてまたしても追悼文を書かねばならないことに、さすがにやるせなさを覚えます。
 じつは、ぼくは10年ほど前まで杉並区の阿佐谷に勤めていました。永島さんとは面識というほどの面識はなかったのですが、喫茶店などで何度かお目にかかり、そのたびにとびきり優しい笑顔で会釈していただいたことを懐かしく思います。
 永島慎二さんはコミック作家でもマンガ家でもなく、漫画家と呼ぶにふさわしい方でした。「漫画家残酷物語」、「ふーてん」、「若者たち」などをぼくも若い頃にむさぼるように読んだ記憶があります。最近はNHK・BSで「漫画ではじめて自己を表現をしようとした人」として取り上げられ、再評価の声が高まっていただけに残念でなりません。
 この「銀河鉄道の夜」は宮沢賢治の名作を永島さんがオールカラーで漫画化したものです。宮沢賢治の原作を愛読し、この本が出来上がったときには永島さんのサインをいただいたこともあって、ぼくにとっては特別に愛着のある一冊です。これまでに様々な形で「銀河鉄道の夜」はリメイクが試みられていますが、永島版とますむらひろし版ふたつの漫画化作品以外に優れた出来のもを知りません。
 この「わくわく本」を読んでいただいている児童書好き、絵本好きの方にもぜひ読んでいただきたいと思います。原作とはひと味違った「銀河鉄道の夜」を楽しんでいただけることでしょう。
 当分の間、昼間の雲が浮かんだ空を見上げて長新太さんを、夜空の星を見上げて永島慎二さんを偲ぶことになりそうです。
海 五郎 * 漫画 * 08:21 * comments(2) * trackbacks(1)
このページの先頭へ