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3びきのゆきぐま

3びきのゆきぐま
3びきのゆきぐま
ジャン ブレット/作 松井るり子/訳  ほるぷ出版  

 もう半年もほったらかし状態にもかかわらず、「わくわく本」を訪れてくださったみなさん、ありがとうございます。これからも以前のようなペースでここに書くことができるか自信がないので、こっそりと再開です。

 しかし、こうしてしばらく絵本や子どもの本から遠ざかっていると、久しぶりに訪ねた本屋さんの棚は新鮮です。いろいろと知らない絵本が並んでいて目移りする中で、ひときわ表紙に惹かれたのがこの「3びきのゆきぐま」でした。

 イヌイットの少女アルーキは、魚釣りをしているときに氷の浮島ごと犬ぞりを流されてしまいます。アルーキが犬たちを探していると、そこに見たこともない立派なイグルー(イヌイット達が雪のブロックや氷で作る簡易住居)がありました。 じつはそのイグルーは3匹の親子ゆきぐまのものだったのです。
 ページをめくっていくと、横版の見開きには中央の大きな絵とともに両脇に縦長の小さな絵が配されていて、そこに同じ時間軸でアルーキ、3びきのゆきぐま、犬たちの様子がそれぞれ描かれています。細部までていねいに描かれた絵は、次のページに進んでしまうのがもったいなく思えてしまうほど。氷の大地の凍てつくような空気の透明感が、だからこそそこにある温もりが、見事なまでに描かれています。
 絵本の帯に「気のいい ゆきぐま」という表現がありますが、このゆきぐまたちの気のよさ加減は絵の細かいところまで見ていかないとわかりません。ちゃんと見ていた読者には最後のページでそのことが伝わるでしょう。
 余談ですが、おとうさんぐまがスープを飲むのに使うフクロウが描かれたボウルが気に入ってしまいました。もし、これと似たようなボウルの所在を知っている方がいたら、ぜひお知らせください。
海 五郎 * 外国の絵本 * 12:21 * comments(38) * trackbacks(24)

休業余話(続)

Now the Day Is Over
Now the Day Is Over
The Innocence Mission

 すみません。ブログの再開はもう少し先になりそうです。
 しかし、暑いですね。ぼくは毎晩、音楽を聴きながら寝ています。いつもは数曲で寝入ってしまうのですが、ここのところは何枚かのアルバムに聴き入ってしまう夜が続いています。そして、そんな夜に最後に選ぶのが上の一枚です。
 絵本好きの方にはちょっとそそられるものがあるでしょう。このジャケットはボーカルの女性が自分で描いたものだそうです。
 以前にもここに書いた記憶がありますが、アメリカでは子ども向けの音楽が一つのマーケットとして成立するほどに盛況を見せています。しかも、多くのメジャーなアーティストが子ども向けの作品を手がけ、その内容もけっして片手間仕事的なものではありません。
 こんなところに、じつは出生率が日本よりも安定している秘密があるようにも思います。日本での少子化対策は親に対する支援ぱかりが目につきますが、子どもを大切に思う気持ちを社会全体に育んでいくことこそが重要なのではないでしょうか。
海 五郎 * 日々雑感 * 13:43 * comments(2) * trackbacks(0)

休業余話

ONCE ダブリンの街角で デラックス版
ONCE ダブリンの街角で デラックス版

 音楽好きの方にはご存じの方も多いと思いますが、音楽には一つの曲にしても、一つのライブにしても、その瞬間にしか産み落とされることのない名曲であり、名演というものがあります。
 それはその瞬間のアーティストの心境とか、それを取り巻く空気とか、様々なものが一つの曲、一夜のライブに昇華されるといういわば化学現象みたいなものなのでしょう。もちろんそこに、大きな意味での愛が介在することは言うまでもありません。

 この「ONCE ダブリンの街角で」という映画は、そんな化学現象を見事に映像化したすばらしい作品です。低予算、オールロケで制作された1時間半足らずの作品にもかかわらず、欧米では奇跡の大ヒット上映となりました。
 この小さな宝石のような作品は、これからも長く僕を温め続けてくれることでしょう。
海 五郎 * 日々雑感 * 16:29 * comments(3) * trackbacks(0)

ちょっとお休みしてます

グーグーだって猫である(4)
グーグーだって猫である(4)
大島弓子/作  角川書店     

 すみません、もう1ヶ月も開店休業状態ですね。
 じつは、いまちょっとしたことに関わっていて、ここに記事を書く余裕がありません。などと言いつつ、上の漫画を読んだりしてますけど。
 更新してないのにお越しいただいたみなさん、ごめんなさい。
 もう少しすれば、本の紹介も再会できると思いますので、よかったらまたのぞいてみてください。


海 五郎 * 日々雑感 * 00:19 * comments(0) * trackbacks(0)

私的録音録画補償金制度

Apple iPod nano 8GB ブルー MB249J/A
Apple iPod nano 8GB ブルー MB249J/A

 連休中、朝刊のトップ記事に黙って見過ごすことのできない見出しが躍っていた。〈iPodに「著作権料」上乗せ〉。
 記事の内容は著作権団体の要望を受け、文化庁が文化審議会にはかり、まとめた骨子はiPodなどの携帯音楽プレーヤーと、テレビ番組を録画するハードディスク内蔵型レコーダーに「著作権料」の一種を課金するというものだ。
 これはぼくのように多くのCDを購入して、それをiTunesで管理し、iPodを通して聴いている音楽ファンにとってはとても納得できるものではない。なぜなら、CDを購入する時点で著作権料を正規に支払っているにもかかわらず、再度同じ名目で課金されることになるからだ。しかも、この重複して払う形になる「私的録音録画補償金制度」は、そのシステムからして自分が聴く音楽の著作権者に届けられるものではない。
 音楽好きな人間がCDを購入するのは、もちろんその中身を聴きたいという思いからである。しかし、それは同時にアーティストに対する支持表明であり、支援でもあるのだ。このブログの読者にも図書館で借りた絵本を、同じ思いであらためて購入したという人は多いのではないだろうか。だから今回の「私的録音録画補償金制度」ように、支払ったところでそれがどこにどのように使われてしまうのかわからない課金の仕方には、はっきりと反対の意思表示をしておきたい。

 どうしても、今回の成り行きには好調な業績のところから、あるいは国民の日常生活に組み込まれたところから楽な方法で金を集めようという、道路と同じ発想が見え隠れする。しかも、その使途がどう見たって怪しいし、そもそも私的録音補償金管理協会(SARAH)が文科省や文化庁の天下り先であることを思うと、この国の構造そのものを憂慮しなければならないだろう。
 文化庁や文科省に文化・芸術を育む能力がないのはよしとしても、個人が身銭を切っているアーティストに対してのリスペクトをピンハネすることだけはけっして許せるものではない。



海 五郎 * 日々雑感 * 16:06 * comments(0) * trackbacks(0)

北極のナヌー

北極のナヌー プレミアム・エディション
北極のナヌー プレミアム・エディション

 このままだと2040年には北極の氷は消滅するらしい。そうなれば白くまは住むところがなくなってしまうとは、誰もが思うこと。温暖化を止めなくては。
 でもこの映画を見ると、すでに温暖化は厳しい現実を白くまなど北極で生きる動物たちに突きつけていることがわかる。北極が寒いからこそ、そこで暮らす生き物たちの生活が成り立ってきたのだ。
 映画はことさら温暖化への警鐘を声高に叫ぶのではなく、そんな現実の中で生まれた白クマのナヌーとセイウチのシーラが、やがて自ら新しい生命を産むまでを丹念に追い続けたものだ。撮影期間は10年間にも及んだという。
 海に厚い氷が張る期間が短くなれば、白くまは狩りで食べ物を得られなくなってしまう。ナヌーと一緒に生まれた弟は、飢えが理由でその短い生涯を終える。死んでからも寄り添って暖める母ぐまとナヌー。やがてその場を離れることを決意した2匹が歩き出してから、振り返る場面ほど我々人間に強く訴えかけるものはない。

 LEARN MORE.TAKE ACTION. (地球の現実を知り 行動に移そう)

 映画の最後でさりげなく挿入されるこのテロップは重い。人類はわずか数百年の近代文明によって何千年も続いてきた動物たちの営みを破壊しようとしている。それが人類の子孫にまで及ばないとは誰も保証することができない。
海 五郎 * 映像 * 23:48 * comments(0) * trackbacks(24)

もりのおんがく

もりのおんがく (講談社の創作絵本シリーズ)
もりのおんがく (講談社の創作絵本シリーズ)
谷内こうた/絵と文  講談社   

 雨上がりの休日の午後、近くの公園まで散歩に出かけました。公園と隣接して米軍用のゴルフ場があります。そして、そのゴルフ場を抱くようにして背後に大きな森が広がっています。
 公園内を通過する道路にかけられた大きな人道橋を渡っていたときです。雲の切れ目から斜めに差し込む太陽の光が幾筋もの線となってその森に降り注いでいました。明るく新緑に輝く部分と暗い緑の部分が縞模様のように見える森からは、なぜか森のざわめきが聞こえてきそうでぼくは思わず耳にしていたヘッドホンを外しました。
 子どもの頃から森で得た記憶は、不思議と鮮明な形で心に残っています。木漏れ日の光から湿った地面の草や枯れ葉、そこの土壌の色合い、耳にした小鳥たちのさえずりまで。きっと、森には人の心の奥底にその存在を刻み込む力があるのでしょう。

 谷内こうたさんの新作絵本は、作者が暮らすノルマンディーの森からインスピレーションを得て生まれた「もりのおんがく」です。

 もりも うたう
 ひかりの オーケストラ


 森の深い緑と木漏れ日の優しい光が織りなす、音なき音楽の絵本です。静かにページをめくると耳からでなく自分の内側からかすかな響きが伝わってくる。そんな気分にさせられました。

※文中の太字部分は「きみとぼく」より引用

海 五郎 * 日本の絵本 * 23:59 * comments(0) * trackbacks(0)

きみとぼく

きみとぼく
きみとぼく
今江祥智/作 長新太/絵  BL出版   

 人生で何を大切にしなければならないのか、優れた童話はさりげなくそれを子どもたちに伝えてくれます。そんな童話に子ども時代にどれだけ出会うことができるか、それは子どもの人生を大きく変えることにもなるでしょう。
 ぼくがそんな童話としていつも思い浮かべるのが今江祥智さんのこの「きみとぼく」です。

 ぼくはシロサイのライノ。だけど。だれもライノ。なんてよんでくれない。
 −おい、〈おしゃべり〉とくる。
 そして、きみはサイトリのジーナ。だけどみんなジーナなんてよばずに、
 −やあ、〈ちかめ〉っていう。
 でも、ぼくたちは、あのときからずっとともだち。あのとき…


 サイとその体からダニを取るサイ鳥はギブ&テイクの関係としてよく知られていますが、この童話はそんなライノとジーナの物語。おしゃべりと近眼のためにそれぞれひとりぼっちだったふたりが出会うことで、そこにやさしさに溢れた友情が生まれます。
 「きみ」と呼べる相手がいることの幸せと、相手を思いやることの尊さで紡いだすてきなお話。
 ぼくがこの歳になって読むと、後悔の思いがこみ上げてちょっと胸が痛むのですが、そんな後悔をおとなになって味わわないためにも、いまの子どもたちにぜひ読んでほしいと思います。

 ところで、この本はしばらく絶版になっていましたが、昨年の夏に新版として復刊されました。巻頭に続く長新太さんの草原の絵は、何度見ても不思議な魅力があります。そして、今回の新版では杉浦範茂さんの装丁で、その魅力が倍加されました。
 いつでも手の届くところに置いておきたい一冊です。

※文中の太字部分は「きみとぼく」より引用


海 五郎 * 読み物 * 23:38 * comments(0) * trackbacks(0)

マイカのこうのとり

マイカのこうのとり
マイカのこうのとり
ベンノー・プルードラ/作 上田真而子/訳 いせひでこ/絵  岩波書店   

 作者のベンノー・プルードラという人はドイツ(旧東ドイツ)の作家で、「ぼくたちの船タンバリ」(岩波少年文庫)という作品はとても印象深い作品でした。
 その作者がドイツ統一後の1991年に出版したのがこの「マイカのこうのとり」。作者の独特の作風に、邦訳ではいせひでこさんの挿絵が添えられるとあって、とても楽しみにしていた一冊です。

 少女マイカの家の納屋の屋根には、マイカが生まれる7年前から毎年こうのとりがアフリカから渡ってくるようになっていました。
 そのこうのとりが三羽の雛を孵したのですが、一羽だけ灰色をした雛がいました。ほかの二羽と違って飛ぶこともできません。
 親鳥たちに巣から追い落とされて庭に降り立った灰色のこうのとりは、マイカになつくようになります。
 おとうさんが何度も巣に戻したり飛ぶことを覚えさせようとしましたが、灰色のこうのとりはその度に巣を追い落とされ、飛ぶことも一向に覚える気配がありません。
 でも、マイカはこうのとりがこのまま飛ばなければ、ずっと一緒にいられると密かに飛ばないことを願っていました。

 マイカの幼い気持ち、そして父親と母親それぞれの受け止め方。それらが淡々と描かれたこの物語は驚くほどみずみずしい詩情に溢れています。この作品の魅力をどう伝えればいいのか、残念ながらぼくにはその言葉が思いつきません。多くの子どもたちにこの本が手にとって読まれることを願うばかりです。

海 五郎 * 読み物 * 16:30 * comments(0) * trackbacks(0)

追悼 石井桃子さん

ノンちゃん雲に乗る (福音館創作童話シリーズ)
ノンちゃん雲に乗る (福音館創作童話シリーズ)
石井桃子   福音館書店   

 石井桃子さんが101歳で亡くなられました。
 自分がまだ文字を読むことを覚えたばかりの頃、3歳年上の姉の所有物だった「ノンちゃん雲に乗る」を読んだときのことがこの歳になっても忘れられません。思えばあの瞬間からぼくと本との長いつきあいは始まりました。石井さんの言葉を借りるなら「本は友だち」になったのです。
 石井さんには20数年前に一度だけお会いしてお話を伺ったことがあります。優しく、それでいて芯の強さが伝わってくるとても素敵なお人柄でした。これだけの仕事を残されているのですから、いま日本にいる60歳ぐらいまでの人は大多数が石井桃子チルドレンと呼ぶことができるかもしれません。
 個人的にはエリナー・ファージョンの諸作で接した石井さんの気品溢れる訳文が最も深く心に刻み込まれています。
 200冊もの著訳作だけでなく、家庭文庫の草分けとなった「かつら文庫」の活動など、日本の児童文学に大きな足跡を残された石井さん。これからもこの国の子どもの本を語るとき、石井さんの名前は欠かさずに語り継がれることでしょう。
 心よりご冥福をお祈りします。



海 五郎 * 日々雑感 * 00:22 * comments(2) * trackbacks(0)
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